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Appendix 5 難溶性化合物の溶解度積 |
f-denshi.com [目次へ] 最終更新日: 21/09/02 | |
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[1] 化学平衡の特殊なケースとして,難溶性のイオン化合物が溶媒にごくわずかだけ溶けて解離し,飽和している状態(=平衡状態) を考えます。それを化学反応式で,
AmBn ⇔ mAn+ + nBm-
固体 溶液中
と表わすこととします。このようなとき,固相の熱力学状態・組成は溶解 析出反応の進行状況 (固相のモル数) によらず一定のため,その化学ポテンシャルは,
μAB = μAB0(T, P) (固相AmBn の化学ポテンシャル一定) (1)
と書くことができます。固相中の化学種はAmBn だけであり,その固相のモル分率 xAB (固) は常に1であって,第2項にあるべき,RT log xAB(固) = 0 を省略したと考えてもよいでしょう。
一方,液相の溶媒,および,陽イオンAn+,陰イオンBm-
のモル分率をそれぞれ x1, xA, xB とすると,それらの化学ポテンシャルは,
μ1 = μ10 (T, P, x1 = 1) + RT log x1 (溶媒の化学ポテンシャル) (2)
μA = μA0 (T, P, xA ≒ 0) + RT log xA (溶質An+ の化学ポテンシャル) (3)
μB = μB0 (T, P, xB ≒ 0) + RT log xB (溶質Bm- の化学ポテンシャル) (4)
と表すことができます。溶液論での記法に倣えば各変数の右肩に(液) という記号もつけて表記すべきでしょうが,ここでは自明なので省略しています。
希薄溶液を考えるときは,μ10 (T, P, x1=1) は純溶媒の化学ポテンシャルを用いることができます。また,μA0 (T, P, xA≒0) は希薄溶液 [#] で議論したときと同様に,An+ の化学ポテンシャルが濃度依存性を持たないほど希薄である濃度において定められる化学ポテンシャルが基準となっています。μB0 (T, P, xB ≒0) も Bm- に対する同様な量となります。
溶媒の化学ポテンシャルの第2項は,x1=1−xA−xB ≒ 1 と近似すると,RT log x1≒0 となり,μ1=μ10 ,すなわち,xA, xB とは無関係な定数です。
[2] 次に溶質の化学ポテンシャルをモル濃度 [mol/dm3] を用いて書き直していきましょう。溶媒と陽イオンAn+,陰イオンBm- の濃度をそれぞれ C1,CA,CB とします。また,溶液が希薄であることから,
xA ≒ CA/C1 ; xB ≒CB/C1 (5)
とおくことができ,陽イオンの化学ポテンシャルは,
μA≒μA0+RT log (CA/C1)
={μA0−RT log (C1/C0)}+RT log (CA/C0)
= (μA0−RT logC1)+RT logCA (6)
と書き表すことができます。ここで,C0=1 [mol/dm3] は基準濃度であって,対数の中身を無次元にするために導入しています。(ときどき,対数の中身が見かけ上無次元でない式をオカシイと言ってる人がいますが,この1が省略されているんです。) 同様に
μB ≒ ( μB0−RT logC1)+RT logCB (7)
これらを用いて,平衡条件を書き下ろすと,
= mμA+nμB−μAB
ΔrG = νjμj
={ m(μA0−RT logC1)+n(μB0−RT logC1)−μAB0(T, P) }
+mRT logCA+nRT logCB
= 0 [*]
ここで,この式の{ }の項を一つにまとめて,
ΔrG0 (T, P)≡mμA0+n μB0−μAB0(T, P)−RT logC1m+n (8)
を定義し,[*] 式を書き直すと,
ΔrG0+RT logCAm CBn= 0 [**]
さらに,溶解-析出の平衡定数を,
Ksp≡exp(−ΔrG0 /RT) (9)
と定義すると,[**] は,
【溶解度積】 CAm CBn = Ksp (温度,圧力の関数) ただし,
ΔrG0 (T, P)≡mμA0+nμB0−μAB0(T, P)−RT logC1m+n |
と書くことができます。
この平衡定数 Ksp は溶液に飽和している陽イオンAn+と陰イオンBm-の濃度の積を与えるため溶解度積と呼ばれます。Ksp は平衡定数には違いありませんが,前節の化学平衡のときとは化学ポテンシャルの基準点の取り方が異なっていることを上記の導出から注意深く読み取って下さい。この他にも標準酸化還元電位など,化学ポテンシャルの基準点は利便性を考えて,それぞれの分野で独自に決定されています。