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## スピン1/2の系の基本事項 |
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行列力学の流儀に慣れるため,スピンをという概念がユニタリ空間のベクトル,演算子としてどのように表現されるかを具体的な計算を通して理解を深めます。
スピンの物理的な意味は後述 ⇒ [#]
1.スピン1/2の系
[1] 静磁場中におかれた電子の磁化の測定から,電子はスピン。またはスピン角運動量と呼ばれる磁気モーメントに比例する角運動量をもつことが知られています。スピンのある方向成分,例えば,z成分を測定すると,絶対値が等しく符号が反対の2とおりの値だけをとります。この2つを上向きスピン,下向きスピンと呼んで区別します。(なお,同時にx成分,y成分を測定によって定めることはできません。)
量子力学の原理的要請 [#] に基づいた形式で記述するならば,z方向に関する線形演算子
Sz,2つのスピン状態に対応する固有ケット |Sz,+>,|Sz,−> が存在して,これらは次のような固有方程式:
を満しなければなりません。ここで,固有値: s+=(h/2),s-=−(h/2) はスピンと呼びます。
この2つの固有関数 を,
|Sz,+> ⇒ |+>,
|Sz,−> ⇒ |−>
↑ 一般論で, {|a1>,|a2>,・・ } と書いたものに対応
と簡単に書いてスピンなる ”物理量” を記述するユニタリ空間の正規直交基底に用いることができます。つまり,スピン固有ケットは,
<+|+> = <−|−> = 1 [大きさが1]
<+|−> = <−|+> = 0 [直交性]
なる関係を満足するとします。 そして,{|+> ,|−> } はスピンという物理量状態を記述する完全系[#]となっています。このとき,この空間内の任意のスピン状態(任意の方向を向いたスピン)を表すケットは係数 c+, c- を用いて,
|γ> = c+|+> + c-|−>
と線形結合で表すことができます。(同じ表記で,スピンのコヒーレント状態を表すこともあります[#]。) また,|γ> の規格化条件から, c+, c- は,
<γ|γ> = c*+c++c*-c- = 1
を満たす必要があります。
[2] 基底{ |+>,|−> }のもとでの固有ケット|Sz,+>,|Sz,−> のベクトル表現 [#] は,
|Sz,+> = |
 |
<+|Sz,+> |
 |
= |
 |
1 |
 |
<−|Sz,+> |
0 |
|Sz,−> = |
 |
<+|Sz,−> |
 |
= |
 |
0 |
 |
<−|Sz,−> |
1 |
となります。
また,演算子 Sz の行列表現は,(1)を用いて,
<+|Sz|+>=<+|(h/2)|+>=(h/2)<+|+>=(h/2)
・・・・・・・
のように各行列要素を計算すれば,
Sz = |
 |
<+|Sz|+><+|Sz|−> |
 |
= |
 |
(h/2) |
0 |
 |
<−|Sz|+><−|Sz|−> |
0 |
−(h/2) |
となります。
射影演算子,恒等演算子はそれぞれ,
Λ+=|+><+|= |
 |
1 |
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( 1 0 ) = |
 |
1 0 |
 |
0 |
0 0 |
Λ-=|−><−|= |
 |
0 |
 |
( 0 1 ) = |
 |
0 0 |
 |
1 |
0 1 |
I =|+><+| + |−><−| = |
 |
1 0 |
 |
0 1 |
のように計算でき[#],これを用いて
Sz = |
 |
skΛk |
=(h/2)|+><+|+(−h/2)|−><−| |
なる関係 [#] も容易に確かめられます。
[3] z方向に垂直な x,y の2つの方向のスピン演算子 Sx,Sy も それぞれ z方向の場合と同様な記述ができるはずです。そのとき,素朴な基底としては Sx,Sy の固有ケットを基底をそれぞれ用いて,単に記号を,z→x, z→y と置き換えて,
とすれば済むことです。 しかし,2次元固有空間を記述するのに基底は2つで十分なので,これらは先の Sz の完全系である固有ケット|+> ,|−> を用いて,
|Sx,+> = c+|+>+c-|−> ; c*+c++c*-c- = 1
と表すことが可能なはずです。 ここでは結果だけ書くと,
|Sx,+>≡ |
1 |
(|+>+|−>) ; |
|Sx,−>≡ |
1 |
(|+>−|−>) |
|
|
|
|
 |
2 |
|
|
|
 |
2 |
|
|Sy,+>≡ |
1 |
(|+>+i|−>) ; |
|Sy,−>≡ |
1 |
(|+>−i|−>) |
|
|
|
|
 |
2 |
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 |
2 |
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とすればよいことがわかっています⇒[#]。 これらのケット,ブラのベクトル表現は,
|Sy,−>= |
 |
<+|Sy,−> |
 |
<−|Sy,−> |
= |
1 |
 |
<+|{|+>−i|−>} |
 |
= |
1 |
 |
1 |
 |
|
|
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|
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 |
2 |
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<−|{|+>−i|−>} |
|
|
 |
2 |
|
-i |
<Sy,−|= |
1 |
( 1 i ) ← 虚数の符号反転に注意 |
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 |
2 |
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などと計算すればよく,他の成分も同様に計算して次のようにまとめられます。
ケット |
基底 { |+> ,|−> }での表示 |
|Sx,+>= |
1 |
(|+>+|−>)= |
|
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2 |
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|Sx,−>= |
1 |
(|+>−|−>)= |
|
|
|
 |
2 |
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|Sy,+>= |
1 |
(|+>+i|−>)= |
|
|
|
 |
2 |
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|
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|Sy,−>= |
1 |
(|+>−i|−>)= |
|
|
|
 |
2 |
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|
|
|Sz,+> = |
|+> = |
 |
1 |
 |
0 |
|
|Sz,−> = |
|−> = |
 |
0 |
 |
1 |
|
[4] 一方,演算子については,例えば, Sy は,
(その1)
Sy =ΣsyΛy
= |
h |
|Sy,+><Sy,+| |
− |
h |
|Sy,−><Sy,−| |
|
|
2 |
2 |
= |
h |
|
1 |
(|+>+i|−>)(<+|−i <−|)− |
|
h |
|
1 |
(|+>−i|−>)(<+|+i <−|) |
|
|
|
|
2 |
2 |
2 |
2 |
= |
h |
( −i |+><−| + i |−><+| ) |
|
2 |
これを用いて次式を計算すれば,
Sy = |
 |
<+|Sy|+> <+|Sy|−> |
 |
= |
 |
0 −i (h/2) |
 |
<−|Sy|+> <−|Sy|−> |
i (h/2) 0 |
(その2) |Sy,+>と<Sy,+|の|+> ,|−> を基底とするベクトル成分を求めてから,
Sy =(h/2)|Sy,+><Sy,+| + (−h/2)|Sy,−><Sy,−|
を計算しても同じ結果を得ます。すなわち,
Sy = |
|
 |
1 |
 |
(1 −i )− |
|
 |
1 |
 |
( 1 i ) |
i |
-i |
= |
|
 |
0 −i |
 |
i 0 |
と計算することができます。
スピン |
ケット |
行列 |
Sz ≡ |
|
|
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1 0 |
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≡ |
|
σz |
0 -1 |
|
Sx ≡ |
|
|
 |
0 1 |
 |
≡ |
|
σx |
1 0 |
|
Sy ≡ |
|
|
 |
0 -i |
 |
≡ |
|
σy |
i 0 |
|
ここで,Sk の行列を h/2 除した σk ;( k = x,y,z ) はパウリ行列と呼ばれます。
パウリ行列のもつ重要な性質を列挙しておくと,
(1) trσk = 0 [トレース]
(2) |σk| = -1
[擬回転]
(3) [ σi,σj ] = 2iεijkσk [交換関係]
(4) { σi,σj } = 2δij I [反交換関係]
[5] 次は, 昇降演算子と呼ばれるたいへん重要な演算子の定義です。
S+ ≡ h|+><−|
S- ≡ h|−><+| |
これは,
S+|+>≡ h|+><−|+> = 0
S+|−>≡ h|+><−|−> = h|+>
S-|+>≡ h|−><+|+> = h|−>
S-|−>≡ h|−><+|−> = 0
のように働くので,S+,S- はそれぞれスピン状態を h だけ増やす,または減らすため演算子であることがわかります。ただし,|±>からはみ出してしまう場場合は0とみなします。
また,
S+S-|+>=h2|+>
S+S-|−>= 0
S-S+|+>= 0
S-S+|−>=h2|−>
S+ = Sx+i Sy : S- = Sx−i Sy |
S+† = S- ,および, S-† = S+
なる関係にあることも容易に計算して確かめられます。
[6] 一方,スピンの大きさの2乗は,
S2 = Sx2 + Sy2 + Sz2 = 3 |
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h |
 |
2 |
|
|
2 |
|
|
 |
1 0 |
 |
= |
3h2 |
E |
|
|
0 1 |
4 |
よって,
S2 |±>= |
3h2 |
E|±>= |
3h2 |
|±> [固有方程式] |
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4 |
4 |
以上のまとめです。
スピン
演算子 |
ケット |
行列 |
S2 ≡ |
Sx2 + Sy2 + Sz2 |
|
 |
1 0 |
 |
0 1 |
|
S+ ≡ |
h|+><−| |
h |
 |
0 1 |
 |
0 0 |
|
S- ≡ |
h|−><+| |
h |
 |
0 0 |
 |
1 0 |
|
[7] これらの表現行列を使って計算すると次の交換関係も容易に確かめられます。
交換関係
[ Sz ,Sx ] = SzSx−SxSz = ihSy
[ Sx ,Sy ] = SxSy−SySx = ihSz
[ Sy ,Sz ] = SySz−SzSy = ihSx
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 |
⇒ [ Si ,Sj ] = SiSj−SjSi = ihεijkSk |
[ S2,Sj ] = 0 ⇔ S2,Sj には同時固有ケットが存在する ( j = x,y,z )。
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すると,これらを利用しながら,
S2 = Sx2 + Sy2 + Sz2
= (Sx+i Sy)(Sx−i Sy)+i (SxSy−SySx)+ Sz2
= S+S- + i (ihSz)+Sz2
=S+S- − hSz + Sz2
同様に,
S2 = (Sx−i Sy)(Sx+i Sy)−i (SxSy−SySx)+ Sz2
=S-S+ + hSz + Sz2
のような関係式も導かれます。まとめです。
S+S- = S2 + hSz − Sz2
S-S+ = S2 − hSz − Sz2
1 |
(S+S- +S-S+ )=S2 − Sz2 |
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2 |
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最後に
[反交換関係]
反交換関係
{ Si Sj } = SiSj+SjSi = |
|
h2 |
|
δij |
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4 |
(i, j = x,y,z )
|
回転対称性の考察による,|Sx,+> = c+|+>+c-|−> などの係数の求め方
(1) 回転に対する対称性と ,c*+c++c*-c- = 1から,
|<±|Sx,+>|2=|<±|Sx,−>|2 = 1/2 ・・・・・・・(1)
|<±|Sy,+>|2=|<±|Sy,−>|2 = 1/2 ・・・・・・・(2)
|<Sy,±|Sx,+>|2=|<Sy,±|Sx,−>|2 = 1/2 ・・・・・・・(3)
<Sx ,−|Sx ,+>= <Sy ,−|Sy ,+>=0 ・・・・・・・(4)
を利用する。

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S2の固有値は, |
3h2 |
なので,スピンの大きさは |
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|
 |
3 |
|
h |
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4 |
2 |
と考えることができる。一方,z方向のスピンの測定値が,
±(1/2)h であるとき,x,y方向のスピンは同時には定まらない。
この様子は,左のようなベクトルの模式図で表される。 |
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