![]() |
2-2 内部エネルギー | |
f-denshi.com [目次へ] 更新日:08/10/02 | ||
サイト検索 |
気体の状態は3つの変数 ( 独立変数は2つ ) を含む状態方程式で記述できること述べました。しかし,これだけでは気体の状態変化を予測することはできません。もうひとつ重要な変数(関数)をここで定義しましょう。
[1] 真空中に孤立,静止しているシリンダーを考えます。このシリンダー中には温度
T0 の理想気体が1mol 密閉されているとします。そしてシリンダーのピストンには両側から絶対値が等しく向きが反対方向の力がかかってつり合っており,気体の圧力が
P0,体積が V0 だとします。今,力をさらに加えてピストンをそれぞれΔx 中心に向かって移動させることで気体を体積V1に圧縮したとします。
ここで,「このとき,気体の圧力,温度はいくらになるでしょう。」 と問われたらどうしますか。答え(→カルノーサイクルの断熱圧縮過程を見よ)に窮するはずです。気体の状態方程式だけでは,求めるべき未知数 2 (温度T,圧力P)に対して未知数を含む方程式が1つ (PV1=RT) だけだからです。この問題の解決にはもうひとつ方程式が必要で,それは状態変化の前後で変化しないような保存法則です。
(この状況は力学において,「各時刻における物体の位置がわかれば,運動は完全に記述できる。」が,どのような運動が現実に起こるかはエネルギー保存則によって初めて予測可能になることと同じです。)
[2] その保存法則の記述に必要な概念が内部エネルギー(internal energy)と呼ばれる量です。温度も重要な変数ですが,先ほど述べたように足し算すらままならない量なので保存量には使えないのです。分子論的には,
内部エネルギー = (分子のもつ全運動(並進,回転,振動)エネルギー) + (分子間ポテンシャル(双極子間の相互作用など))
ということができます。しかし,熱力学理論の構築には「分子の存在」は必ずしも必要でなく,次のような考察から内部エネルギーは導入されます。
[3] 先程の気体に力を加えて圧縮する過程を考えると,古典力学の知見によればこの系には,
2 ×∫F (x) dx (←F はピストンの位置xの関数です。)
なる仕事がなされた(エネルギーが加えられた)ことになります。しかし,加えられた力がシリンダーの重心をとおり,反対向きならば,シリンダー(とその中の気体)は静止したままで,巨視的な意味での力学的エネルギー(運動エネルギー)を獲得したわけではありません。すると,いま加えられたエネルギーはいったいどこへ消えたのでしょうか?エネルギー保存則をどのような系にでも適用可能な普遍性のある物理法則と考えるならば,今,ピストンが行った仕事(=エネルギー)を気体が,”その内部に吸収してしまったのだ” と解釈せざるを得ません。このように気体は外部からエネルギーを吸収したり,逆に(膨張の過程では)放出したりして外部から仕事をされたり,外部へ仕事をしたりする能力があるのです。このように系の中に蓄えられているエネルギーを熱力学では内部エネルギーと定義します。
(この様子を力学的には,ばねを圧縮したときに蓄えれる弾性エネルギーにも見立てることができますね。)
理想気体,および実在気体モデルとしてのファンデルワールス状態方程式についての話題は,Appendixにまとめていますが,ここ本文中では,後ほどカルノーサイクルの考察で必要となる理想気体の内部エネルギーの体積依存性についてだけ述べておきます。これは,熱力学の中だけでは演繹的に導くことのできない重要事項で,しばし,熱力学から脱線した統計力学的な説明が必要です。しかしながら,結果だけを無条件で受け入れ,先へ進むという態度も「アリ」だと思います。
[1] 理想気体はもともと希薄な実在気体の挙動を調べることで抽出された気体に対する数学モデルの一つに過ぎません (古典力学で言えば,バネ弾性のフィックの法則 F=kx に相当するようなもので,理論体系を構築するための基本法則などではないという意味です。)が,19世紀前半の熱力学体系の構築に極めて重要な役割を努めました。
1.では,熱力学の基本体系は分子の存在を必要としないと述べました。しかし,熱力学の化学へ応用(例えば質量作用の法則)を考えると,頑なにそれを無視したまま話を進めるのは得策ではありません。どうせ,この講義の後半ではモル数の変化とか化学式を実在のものとして議論することになるのですから。また,当時の多くの科学者たちも,決定的な証拠はないものの,分子の存在は疑いないだろうとの認識に基づき,21世紀に生きるわれわれから見てもほとんどの場合で十分厳密な「古典統計力学」と呼ばれる理論体系を熱力学の定式化と並行して築きあげていきました。つまり,熱力学と古典統計力学は車の両輪のようなものです。そこで,統計力学に分類されるべき,当時の「気体分子運動論」についても簡単に触れておきましょう。
まず,「希薄である」 ことの分子論的な意味を述べると,
(1) 分子間相互作用
(2) 排除体積
が無視できることにあります。
どんな小さな体積に分子を閉じ込めておこうとも分子間相互作用が存在しないような気体を考えると,系の内部エネルギーは一つ一つの分子が持つ運動エネルギーの単純和で表されることになります。つまり,
「理想気体の内部エネルギーは気体分子の運動エネルギーの総和である。」
ということができます。理想気体はこの性質を満たす気体と定義します。すると,気体の分子運動論と呼ばれる古典力学的描象に基づいて,熱力学の体系の中だけでは導出することのできない内部エネルギーに関するBernourlli の関係を以下のように示すことができます。
(急いでいる方はここから後を読み飛ばして,[7]だけを確認して,次のページへ進んでも当講義ノートの理解に支障はありません。)
[2] 体積 V の中に十分多数のN個 (≒1023) の気体分子が均一に入っており,気体分子は様々な速度v =(vx,vy,vz)でランダムに運動している大きさのない質点とみなします。 そのとき,速度が(vx,vy,vz)と(vx+dvx,vy+dvy,vz+dvz)の間にある気体分子の数が, ← 13/03/01 訂正
F(vx,vy,vz) dvxdvydvz
と書けるとき,F(vx,vy,vz)を気体の速度分布(関数)と呼びます。単位体積当たりの分子数密度で表したいときは,これを体積で割って,
F(vx,vy,vz) dvxdvydvz V
と表すこととなります。また,F(vx,vy,vz) dvxdvydvz をすべての速度について積分すると,体積V中の全粒子数に等しくなければいけないので,規格化条件,
F(vx,vy,vz)dvxdvydvz = N (全粒子数)
を F(vx,vy,vz)は満たさなければいけません。また,分子1個あたりに換算した速度分布関数を,
f(vx,vy,vz)= F(vx,vy,vz) N
と定義し,速度分布の確率密度(関数)と呼びましょう。これは体積Vの中のN個の分子の中から選び出したある1つの分子が,速度(vx,vy,vz)と(vx+dvx,vy+dvz,vz+dvz)の間にある確率が,
f(vx,vy,vz) dvxdvydvz
で与えられるという意味をもっています。そして,分子の速度を変数とする関数で表される物理量,ψ(vx,vy,vz)について,
f(vx,vy,vz)ψ(vx,vy,vz)dvxdvydvz
を全速度空間で積分してやると,ψの平均値<ψ>が得られます。
|
これがミクロな物理量とマクロな物理量とを結びつける関係です。
[3] さっそく,この基本的な関係式を用いて体積V中にあるN個の気体分子の平均運動エネルギーを求めましょう。気体分子は体積がVである立方体の中に閉じ込められているとします。時間Δt
の間に x軸に垂直なひとつの壁面(面積ΔS)が気体分子の衝突によって受ける力積の総和を求めます。
速度が(vx,vy,vz)と(vx+dvx,vy+dvy,vz+dvz)の間にある粒子の中で時間Δtの間にx軸に垂直な面積ΔSの壁に到達する粒子数は,Δtと右図の斜方柱の体積と密度で表した速度分布とを乗じて, ↑ 13/03/01 訂正
Δt・vx・ΔS ・ F(vx,vy,vz)dvxdvydvz V
と計算できます。このときの時間Δt におけるx軸方向の運動量変化 Δpx は,1分子については2mvxなので,これに上式をかけて,
Δpx=2mvx・ vxΔtΔS ・F(vx,vy,vz)dvxdvydvz V
となります。古典力学で,P=F/ΔS=Δpx/ΔtΔS と圧力Pが表されることを思い出すと,速度が(vx,vy,vz)と(vx+dvx,vy+dvz,vz+dvz)の間にある粒子が面ΔSに及ぼす圧力P’は,
P’=Δpx/ΔtΔS = 2mvx2・F(vx,vy,vz) dvxdvydvz V
したがって,あらゆる速度を持つ粒子がx軸に垂直な面に及ぼす圧力Pは,x成分については正方向の速度成分をもつ気体分子だけが壁面に到達することに注意して,
P = 2mvx2・F(vx,vy,vz) dvxdvydvz V
= m vx2F(vx,vy,vz) dvxdvydvz V
と積分することで計算できることがわかります。なお,最後の=では,F(vx,vy,vz)がvxに関して偶関数であることを仮定して,xの積分範囲を(-∞,+∞)に置き換えています。
[4] 以上の考察は空間の等方性から,y,z方向についても同様に行うことができて,
P= | m | ![]() ![]() ![]() |
vy2F(vx,vy,vz)dvxdvydvz | = | m | ![]() ![]() ![]() |
vz2F(vx,vy,vz) | dvxdvydvz | |
V | V |
よって,得られた3方向の結果をすべて足し合わせると,
3P = m (vx2+vy2+vz2)F(vx,vy,vz) dvxdvydvz V
↓ vx2+vy2+vz2 = v2 として,
P = m v2・F(vx,vy,vz)dvxdvydvz ・・・・ [**] 3V
が得られます。
[5] 一方,気体分子一個あたりの平均エネルギーを <ε> とすると,これは関係式[*]から,
<ε> = mv2 ・f(vx,vy,vz) dvxdvydvz 2
気体全体ではこれをN倍すればよく,
N <ε> = m v2・F(vx,vy,vz)dvxdvydvz ・・・ [***] 2
よって,[**]と[***]から,
PV = 2 N <ε>= 2 U [ Bernourlli の関係 ] 3 3
という関係式が得られます。ただし,U=N<ε> はN分子からなる理想気体の内部エネルギー に対応しています。これは熱力学の範囲では導くことのできない関係式で,統計力学的な考察を使って導かれました。
[6] 特に N = NA (アボガドロ数) である理想気体1モルの状態方程式 PV = RT と比較して,
PV = RT = 2 NA <ε> 3
これを,
<ε> = 3RT = 3kT ( ただし,k ≡ R とおいて,この k をBoltzmann定数と呼びます。) 2NA 2 NA
と書き直しておくと,この式は気体分子1個の持つ平均運動エネルギーと温度との関係を示しています。
[7] 一方,理想気体の状態方程式が,PV=nRT ,n=N/NAで与えられることから,
U= 3 nRT 2
と書くことでき,これは,理想気体の内部エネルギーが温度のみの関数であることを表しています。したがって,理想気体について,
∂U = 0 (理想気体について) ∂V T=一定
が成り立ちます。これは,理想気体は温度のみの関数であり,体積には依存しないことを示しています。これは繰り返し用いられることになる理想気体の重要な性質です。
熱力学と統計力学の関係
「統計力学は新しい学問であり,熱力学は古い学問。だから統計力学を勉強すれば,熱力学は不要である。」と主張する人にときどき出会います。(20世紀の公理主義の影響かな。)その根拠の一つとして,このページで議論した比熱が原理的に導出できるか否かという事実をあげてきます。しかし,私はそのようなことを根拠にした主張ならば,それは絶対に違うと答えます。不用意に比喩を使うのは好きではないのですが,その理由を代数学の例から一つ示しておきます。
代数学の基本定理というのがあります。
定理:
複素数を係数とするn次方程式(n≧1),r0+r1x+r2x2+・・・・+rnxn = 0は複素数の中に1つ解をもつ。
つまり,実数を係数とする代数方程式(たとえば,x2=−1)は実数の中に解を見出せないことがあるのですが,複素数の中で考えるならば,代数方程式には1つ,解が必ず存在するということを主張しています。(もちろん,この定理からすぐにn次代数方程式はn個の複素数解を持つことまでも帰結されます。) つまり,複素数は究極の数であって,代数学の立場からは,自然数から数を順に拡張していって辿り着いた究極の数が複素数であり,これ以上数を拡張する必然性はないことをも意味しています。
「数学100の発見」(日本評論社)にも選ばれているたいへん美しい定理です。ベスト10を選んでもその中に入るに違いないような定理です。しかし,この定理は具体的にその解がどのようなものか教えてはくれません。具体的に求めようとするならば,コンピュータを用いた数値解析に頼るしかありません。もう,私の言いたいことは推測できますね。あることをその学門体系の中で解決できるかできないかで,学問体系の優劣や包含関係を議論することに意味があるとは思えないのです.....。
人それぞれ,いろいろな意見(美学?)があることとは思いますが,「熱力学を知らないと統計力学はちゃんと理解できない。」というのは確実です。熱力学を知らないと,統計力学の教科書にある,
「ここで,熱力学の結果を思い出してほしい。・・・・。したがって,今,我々が導出した・・・は熱力学によるところの・・・に等しいことがわかった。」
というようなの記述を意味不明のものとして読み飛ばすことになります。でもそれだと,統計力学は理解できない。たぶん。絶対かな?
ほんとうは知ってるんだけど,熱力学を知らないことにして,統計力学の理論体系を作っていくことはできるんだろうけど。
追伸:
熱力学と統計力学を分かつ業績を残したボルツマンは,良く知られているように原子が実在すること(その証拠)を知らないままこの世を去った。つまり,実証主義者(=科学的な態度の持ち主,ワタシのことさー)からすれば,ボルツマンの仕事は空論に過ぎず,ボルツマンもこれに悩んだ。しかし,歴史はその後,ボルツマンの仕事が科学史上,第1級の発見であることを認めることになる。
ということは,科学は正論ばかり言っとってもダメだっちゅうことか?