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10-2 多成分系の 化学ポテンシャル |
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f-denshi.com [目次へ] 更新日: 21/11/02 旧 10 化学ポテンシャルの後半を改訂 | ||
サイト検索 注意: 部分モル量を表す記号として, 「v~,s~,u~,g~,h~,f~」を用いています。 |
高純度の2銘柄の焼酎を考えます。(要するに水とアルコール以外の成分は無視できて風味に欠けるということ。) 焼酎のアルコールモル度数(こんな表示は見たことないかもしないが),一つは1モル%「ゲコごろし」,もう一つは99モル%「酒爛」とします。ここで,含有されているアルコールに配分されるエネルギーを考えてみると,エネルギーは示量的変数なので,それはアルコールの質量(分子数)に比例するはずです。したがって,同量の焼酎で考えたとき,99倍のアルコール分子を含む焼酎「酒爛」のアルコールのもつエネルギーは「ゲコごろし」の99倍かというと,それは間違いなのです。
なぜかと言えば,「ゲコごろし」に含まれているアルコール分子はほとんど水分子ばかりに囲まれているのに対して,「酒爛」に含まれているアルコール分子は,アルコール分子によってほとんどが囲まれていて,まったく異なる環境にあるはずです。したがって,アルコール1分子に配分されるエネルギーは銘柄依存性を持つわけで,単純な比較はできないのです。これをはっきりさせようじゃないかというのが,「化学ポテンシャル」なのです。
このことが何の役にたつのかといえば,化学反応を含む森羅万象すべて巨視的な現象の進む方向を半定量的に予測できるのです。例えば化学電池,太陽電池の起電力やダイオードの発する光の色などの理論的な背景を与えます。
[1] P,T一定の下での実験です。
50gの水と50gのアルコールを混合すると100gのアルコール水溶液となります。質量の保存則が成り立つので,重量%で表せば,アルコール濃度は50重量%です。
では,水 50mL とアルコール 50mL とを混ぜ合わせたときの体積が 100mL となるかといえば,そうはならないのです。実験値は,兵庫県立豊岡高等学校の学生によると,
50+50=96.9 mL ≠100mL
となります。実際の混合溶液は 100mL より 3.1mL 小さな体積を示すのです。(実際のお酒では体積%を用いるので,アルコール度数=50÷96.9=51.6%)
したがって,水,アルコールのモル体積 [#] を v1,v2 とするとき,n1モルの水とn2モルのアルコールを混合した混合溶液の体積 V を,
V=n1v1+n2v2 ← 大間違い
と表すことはできないのです。
それでは,96.9mLの全体積は,水とアルコールのどちらにどれ程帰属させられるのでしょうか?
[2] このことを実験的に確かめるためには,P,T,n2 が一定の下,全体量に対して極微量の水 Δn1 を添加し,全体積の増加量 ΔV を調べれば,その濃度において水に帰着させるべき体積が分かるはずです。この量を数式で表すと,
v~1= ∂V [成分の1の部分モル体積] ∂n1 T,P,n2
と表されます。同様に,アルコールに帰属させる体積は,
v~2= ∂V [成分の2の部分モル体積] ∂n2 T,P,n1
です。すると,組成が水n1モル,アルコールn2モルからなる混合物の体積は,
V = n1v~1+n2v~2, ←これは正しいし,シンプルでいい!
で表されることになります。
すべての組成範囲(モル分率)で v~1 を求めると下図のようになります。
←11/2/19 この図追加
この図の見方:
多量の水の中へ水を1モル=18cm3 を加えると,
全体積は水1モル分の体積 18cm3 だけ増加する(当たり前)。
多量のエタノールの中に水を1モル加えると,14cm3しか全体積は増加しない!
その中間の組成であれば,図に曲線で示すおり体積が増加する。
以上で,部分モル量を考える意味,重要性について理解してもらえたと思います。
そして,「50+50=100 とならない」 のは,体積 V だけではなく,熱力学量,S,U,G,H,F についても同様であり,
s~,u~,g~,h~,f~
を考える必要があります。
特に,ギブス自由エネルギーについては,
部分モルギブス自由エネルギー = 化学ポテンシャル
g~ μ
と特別な名前が付けられています。
「化学ポテンシャルとはその物質の1モル当たりのギブス自由エネルギーなどではない!」
と強調する理由が分かりますね。
(全系(水+アルコール)が十分大きい (>>1モル) ならば,系に1モルの水を加えたときの全系のギブス自由エネルギー変化が,その組成における水の化学ポテンシャルです。純粋な水の1モルのもつギブス自由ネルギーとは関係ありません。)
[1] ここからは教科書的な説明です。多成分系とは水とアルコールの混合物のように,分子式の異なる2種類以上のものが関与する系のことをいいます。
(これは前ページ[#]で扱った同じ分子式をもつ水と水蒸気が混じった(共存する)状況とは違います。)
まず,水(成分1)が n1 モル,アルコール(成分2)が n2 モル含まれる2成分系 (n1+n2=n) である焼酎を考えて見ましょう。あなたが酒飲みではなくても,アルコール濃度が等しいならば,一合でも,一升でもその分量にかかわらず同じ ”品質” であることはすぐに理解できますね。このような場合において,「各成分についてそれぞれλ倍した結果は,元々の全体をλ倍することに等しい」ということが起こり得ます。このような性質を一般式で,
f(λn1,λn2)=λf(n1,n2) を満足する関数
として述べることができます。この等式をオイラーの関係式 [#]と呼び,これを満足する関数 f を1次の同次関数と呼びます。このような関数の具体例としては,焼酎の質量を挙げることができます。水,アルコールの分子量をmw,maとすれば,焼酎の質量は関数m (n1,n2)として,
m (n1,n2)=n1mw+n2ma
で与えられます。このとき,
m (λn1,λn2) =(λn1)mw+(λn2)ma
=λ(n1mw+n2ma)= λm (n1,n2)
が成り立つので,m(n1,n2)は1次の同次関数です。質量に比例するような物理量の中にはこの関係式を満たすものが他にもあり,熱力学関数においては,自然な変数 [#] として,T,P をもつギブス自由エネルギー,G(T,P,n1,n2)が
G(T,P,λn1,λn2)=λG(T,P,n1,n2) ←純粋な場合の, G(T,P,n) = nG(T,P,1)[*]式の拡張です。
を満たしています。
この両辺をλで微分して,(合成微分をしてます↓[#])
n1 ∂G + n2 ∂G T,P,λn1 = G ∂(λn1) T,P,λn2 ∂(λn2)
なる関係が得られます。さらに,λ=1 として,この系のギブス自由エネルギーが
G=n1μ1+n2μ2 ・・・ [*]
と書けることが分かります。ただし,ここで,
μ1≡ ∂G(T,P,n1,n2) ∂n1 T,P,n2
μ2≡ ∂G(T,P,n1,n2 ) ∂n2 T,P,n1
を定義して用いています。このように系全体の自由エネルギーを各成分で偏微分して得られる部分モルギブス自由エネルギーを,その成分についての化学ポテンシャルと呼びます。
[2] その物理的な意味ですが,μ1は組成比が n1:n2 である混合系において,成分 1 に割り当てられるギブス自由エネルギーを 1モル当たりに換算したものとみなすことができます。μ2 も成分 2 に対する同様な量です。また,この [*] 式を全モル数 n =n1+n2で割って,モル分率:
x1= n1 , x2= n2 n n
を定義して用いれば,
g(P,T,n1,n2)= G = n1 μ1+ n2 μ2 n n n
=x1μ1(P,T,x1,x2)+ x2μ2(P,T,x1,x2) ・・・ [**]
このg を 平均モルギブス自由エネルギーといいます。
純粋な水の場合,n1=1,n2=0 として,
g(P,T,1,0) =μ1(P,T,1,0) ⇔ g(P,T)=μ1(P,T)
が成り立ちます。つまり純粋な物質にかぎり,平均モルギブス自由エネルギーは,部分モルギブス自由エネルギー,すなわち,化学ポテンシャルとが同じ意味となります。
それから捕捉として,[**]式への=のところで化学ポテンシャルの変数がモル数,(T,P,n1,n2 ) から組成,(P,T,x1,x2) に代わっています。これはGの1次の同次関数の性質を使って,
μ1(P,T,n1,n2)= ∂G(T,P,n1,n2)
= ∂G(T,P,nx1,nx2) ∂(nx1) T,P,nx2 ∂n1 T,P,n2
= ∂nG(T,P,x1,x2) =μ1(P,T,x1,x2) n∂x1 T,P,x2
と書き換えられることから正当化されます。さらに,x1+x2=1であることに注意すれば,
μ1(P,T,x1,x2) = μ1(T,P,x1,1-x1)
μ2(P,T,x1,x2) = μ2(T,P,1-x2,x2)
なので,2成分系の平均モル自由エネルギーと各成分の化学ポテンシャルとの関係 [**] を,
g(P,T,x1,x2)=x1μ1(P,T,x1)+ x2μ2(P,T,x2)
という形に書いても良いことが分かります。つまり,多成分系において,平均モルギブス自由エネルギー,化学ポテンシャルともに組成の関数であって,そのモル数には陽には関係しません。
これは「たいへん重要な事実」です!ので読み流してはいけません。
[3] さて,G=n1μ1+n2μ2 の見かけどおりの微分は,
dG=dn1μ1+dn2μ2+n1dμ1+n2dμ2
一方,(変数を意識して,) G(T,P,n1,n2) の全微分は[#],
dG =−SdT+VdP+dn1μ1+dn2μ2
となります。これらを比較することで,2成分系の場合のギブス-デュエムの式 と呼ばれる,
−SdT+VdP−n1dμ1−n2dμ2 = 0 [ギブス-デュエムの式]
が得られます。そして,この式を n=n1+n2 で割ると,平均モル量とモル分率を用いた表現,
−sdT+vdP−x1dμ1−x2dμ2 = 0 [ギブス-デュエムの式,モル量表現]
となります。ここで,
s=S/n : 平均モルエントロピー
v=V/n : 平均モル体積
を用いています[#]。さらに定温,定圧下では,
x1dμ1+x2dμ2 = 0 [定温,定圧下でのギブス-デュエムの式]
[4] もうひとつよく用いられるギブス-デュエムの式の別形を導いておきましょう。V,S を T,P を変数に選んでおけば,
V(T,P,λn1,λn2) = λV(T,P,n1,n2)
S(T,P,λn1,λn2) = λS(T,P,n1,n2)
というように n1,n2 に関して G と同じ性質をもつので,G の場合と同様の部分モル量で考えることができます。すなわち,
V = n1v~1+n2v~2, S = n1s~1+n2s~2
v~1= | ![]() |
∂V | ![]() |
, | v~2= | ![]() |
∂V | ![]() |
[成分の1,及び2の部分モル体積] | ||
∂n1 | T,P,n2 | ∂n2 | T,P,n1 |
s~1= | ![]() |
∂S | ![]() |
, | s~2= | ![]() |
∂S | ![]() |
[成分の1,及び2の部分モルエントロピー] | ||
∂n1 | T,P,n2 | ∂n2 | T,P,n1 |
が成り立ちます。これを用いて,
V/n =v=x1v~1+ x2v~2
S/n =s=x1s~1+ x2s~2
結局,[ギブス-デュエムの式モル量表現] は,v,sを消去して,組成と部分モル量だけで次のように書き換えられます。
x1{−s~1dT+v~1dP−dμ1}+x2{−s~2dT+v~2dP−dμ2}= 0 [ギブス-デュエムの式,部分モル量表現] |
もちろんμj=g~jであることをお忘れなく。ギブス-デュエムの式の使い方は次のページで話します。
[5] 以上の結果は任意の r 成分系に拡張できます。以下結果だけ書いておきます。
|
[6] 最後に重要な公式を一つ導いておきましょう。化学ポテンシャルの圧力依存性,温度依存性は,
![]() |
∂μj | ![]() |
= | ![]() |
∂ | ![]() |
∂G | ![]() |
![]() |
= | ![]() |
∂ | ![]() |
∂G | ![]() |
![]() |
= | ![]() |
∂V | ![]() |
=v~j | ||||||||
∂P | T,nj | ∂P | ∂nj | T,P | T,nj | ∂nj | ∂P | T,nj | T,P | ∂nj | T,P |
![]() |
∂μj | ![]() |
= | ![]() |
∂ | ![]() |
∂G | ![]() |
![]() |
= | ![]() |
∂ | ![]() |
∂G | ![]() |
![]() |
= | ![]() |
∂(-S) | ![]() |
=-s~j | ||||||||
∂T | P,nj | ∂T | ∂nj | T,P | P,nj | ∂nj | ∂T | P,nj | T,P | ∂nj | T,P |
となります。また,ギブス-ヘルムホルツの関係式 [#] を用いて,
![]() |
∂(μj/T) | ![]() |
= | ![]() |
∂ | ![]() |
∂(G/T) | ![]() |
![]() |
= | ![]() |
∂ | ![]() |
∂(G/T) | ![]() |
![]() |
|||||||
∂T | P,nj | ∂T | ∂nj | T,P | P,nj | ∂nj | ∂T | P,nj | T,P |
= | ![]() |
∂(-H/T2) | ![]() |
=- | 1 | h~j | |
∂nj | T,P | T2 |
が導かれます。